「弘法にも筆の誤り」「上手の手から水が漏れる」の違い、意味、例文

「弘法にも筆の誤り」は日常でもよく使われることわざなのに対して「上手の手から水が漏れる」はあまり聞いたことがないかもしれませんね。ここでは「弘法にも筆の誤り」「上手の手から水が漏れる」の意味と例文を紹介していきます。

「弘法にも筆の誤り」の読み方

読み方:こうぼうにもふでのあやまり
「弘法にも筆の誤り」の「弘法」は「こうほう」ではなく「こうぼう」と読みます。また「筆」は「ひつ」ではなく「ふで」と読みます。「あやまり」は「謝り」ではなく「誤り」の漢字を使います。「弘法にも筆の誤り」はこの形でことわざになっているため、その他のバリエーションはありません。

「上手の手から水が漏れる」の読み方

読み方:じょうずのてからみずがもれる
「上手」と「手」と2回、手という字が出てきます。1つ目の「上手」は「じょうず」で2つ目の「手」は「て」と読みます。

「弘法にも筆の誤り」「上手の手から水が漏れる」の違いと意味

意味:「弘法にも筆の誤り」「上手の手から水が漏れる」はどちらもその道に秀でた人でも失敗することがあるという意味
「弘法にも筆の誤り」「上手の手から水が漏れる」は表現の違いはあれど、その道に秀でた人でも失敗することがあるという意味は同じです。「弘法にも筆の誤り」は平安時代初期の僧である弘法大師に由来するといわれています。弘法大師は書の名人で、天皇の命を受け平安京の應天門に設置する額に文字を書いたところ「應」の字の「心」に一つ点を入れ忘れてしまったため、設置し終わった後に額に向かって筆を投げて点を1つ書き加えたというエピソードがあります。そこから、弘法大師のような書の名人でも書き損じることがある、その道に長けた人でも時には失敗することがあるということをたとえて「弘法にも筆の誤り」と言われるようになりました。

「弘法にも筆の誤り」の例文

例文1:弘法にも筆の誤りは誰にでも起こり得ることだよね。
例文2:どれだけベテランでも弘法にも筆の誤りでミスすることもあるだろう。
例文3:弘法にも筆の誤りは実際あることで、どんな達人でも失敗しない人なんていないと思うよ。

「上手の手から水が漏れる」の例文

例文1:いつもは完璧なあいつも上手の手から水が漏れるで今回はミスをした。
例文2:ピアニストの彼女でも上手の手から水が漏れるで、弾き間違えることはあるそうだよ。
例文3:上手の手から水が漏れるで、英語の先生でもスペルを間違えることがあるようだ。

「弘法にも筆の誤り」「上手の手から水が漏れる」をうまく用いる

「弘法にも筆の誤り」「上手の手から水が漏れる」はその道に秀でた人でも失敗することがあるという意味で使えますので、論文・小論文でそういう表現が必要な時には正しく使えるようにしておきましょう。