「牛に引かれて善光寺参り」の意味と例文

「牛に引かれて善光寺参り」は今はめったに使われないことわざです。具体的にどのように使っているのでしょう。ここでは「牛に引かれて善光寺参り」の意味と例文を紹介していきます。

「牛に引かれて善光寺参り」の読み方

読み方:うしにひかれてぜんこうじまいり
「牛に引かれて善光寺参り」の「牛」は「ぎゅう」ではなく「うし」と読みます。また「善光寺」は「ぜんこうじ」と読みます。「牛に引かれて善光寺参り」はこの形でことわざになっているため、その他のバリエーションはありません。

「牛に引かれて善光寺参り」の意味

意味:人の誘いや思わぬ巡りあわせでよい方向へ導かれること
「牛に引かれて善光寺参り」はもともと信仰のない老婆が牛を追いかけて善光寺にたどり着いたことで、その後厚い信仰をしたという話に由来しています。このことから、思わぬ巡りあわせでよい方向に導かれる意味の言葉として使われるようになったと言われています。善光寺は現在も長野に実在する国宝指定のお寺です。江戸時代から「一生に一度は善光寺参り」といわれ、一生に一度でも光前寺に行けば極楽浄土が叶うと言われていました。

「牛に引かれて善光寺参り」の例文

例文1:牛に引かれて善光寺参りというように、この前から通っているゴルフクラブで将来の夫に出会うとは思わなかった。
例文2:.親の勧めで塾に入っていなかったら東大を目指そうなんて思ってもいなかっただろう。まさに、牛に引かれて善光寺参りである。
例文3:まさに牛に引かれて光前寺参りで、友人にたきつけられて起業していなかったら、今私はいなかったと思う。
例文4:知人に誘われて大衆の前でライブをしなかったら、今のようにアーティストにはなっていなかっただろう。まさに牛に引かれて光前寺参りである。
例文5:牛に引かれて光前寺参りというものの、いまだに私はそんな偶然にあったことがない。

「牛に引かれて善光寺参り」をうまく用いる

「牛に引かれて善光寺参り」は最近ではあまり聞くことのないことわざですが、知っているとずいぶんと語彙力があるように見える言葉でもあります。論文・小論文でも正しく理解して積極的に使えるようにしておきましょう。